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グラナダの祭り          旅先で感じたこと            


  スペインアンダルシア地方のグラダナを訪問した。

道の辻やカテドラル前では、ギター奏者がいて、観客は気に入った演奏に

出合うと広げられたギターのケースに金一封を差し上げる。

アンダルシアの民謡「愛のロマンス」がよく弾かれている、映画「禁じられた遊び」の

テーマ曲に採用され、スペインのギタリストの巨匠イエペスが演奏し、一躍有名に

なった曲である。イエペスはメロディーを強く浮き上がらせアルペジオ(分散和音)を

弱めに、切れ味のよい速いテンポで演奏している。しかしこの町では多くはアルペジオを

メロディーと同じくらいはっきりと、大変ゆるやかなテンポで弾かれていた。

アンダルシア地方は時間がゆっくりと流れるのか、この奏法もなかない良いなあと

感じながら名曲を聴くことができた。

  グラナダはヨーロッパでのイスラム教徒最後の砦の町であった。

800年にわたりイベリア半島を支配してきたイスラム教徒は、キリスト教徒に追い詰められ

余すところグラナダだけとなったが、15世紀末についに陥落した。これよりヨーロッパから

イスラム勢力は消え、キリスト教一色となった。

しかし今でも、イスラム色が濃く残っている、イスラム美の極致といわれるアルハンブラ

宮殿も残されている。有名なギター曲「アルハンブラ宮殿の想い出」があるが、宮殿を

眺めていると、この曲は、イスラム教徒達が最後の土地グラナダを捨て、華麗なる宮殿も

捨て、モロッコに逃れて行った栄枯盛衰の淋しさと、アラベスクに見る幾何学的な美しさと

正確さを合わせて持っていると感じさせられた。

 

 グラナダは丁度祭の最中であった。


                                              昼の街角


                                              夜の街角

                                             夜の広場



 道行く女性は子供から年配者まで皆派手なジプシーの服装を付けている。後ろから眺めても全く歳は分からない。この町では、自由にふるまうジプシー達を「礼儀をわきまえない人達」と決めつけてているようである。一般的なジプシーに比べカソリック的な窮屈な生活を送っている人々が多いのであろうか。

祭は、ジプシーの服をまとえば儀礼廃止・ふるまい自由つまり傍若無人、天下御免なのである。道行く人々、広場に集まった人々はほとんどジプシー姿である。いたるところ広場で、幼子から年配者女性達、それに男性も混じってフラメンコを踊っている、ほとんどがキターの生演奏付である。

屋台店があり、テーブルと椅子が置かれている。このテーブルでビールやワインを飲みながら、一休みしたり、フラメンコを眺めたり、会話を楽しんだりしている。

私達もフラメンコの環にはいるように誘われたが、これは踊れない。しかし一緒にビールを飲んで楽しむことができた。よいイベントに出会えたものだ。

 城下町紀州田辺藩に伝わる熊野権現神社(闘鶏神社)の夏祭りを思い出した。

地元では「おかさ」と呼んでいる二階建ての笠鉾。形や構造は京都祇園祭山鉾に非常に似ている。一旦境内に集結され、決められた道順で町民の町を引きまわる。

町は城を囲むように、上屋敷町・中屋敷町・下屋敷町といった武家屋敷と更にそれを囲むように、紺屋町・江川町・南新町・片町・福路町・といった商人の町等があり、商人の町はそれぞれ笠鉾を保有している。笠鉾の一階では、笛・太鼓・三味線が奏でられ、2階には町独特の例えば新田義貞や恵比寿さんといった等身大の人形等が据えられ一目でどこの町のものか判明できる。 

 町民がこの期間は士族になることが許され、士族の身なり紋付裃(かみしも)を身に着け

一文字笠(?)をかぶり、それぞれの町の笠鉾の後について整然と行進する、祭りそのもの

はもっと長い伝統があったがこのような形になったのは、初代田辺藩主安藤帯刀(直次)の時代からで、名君と呼ばれた帯刀が町民の息抜きに企てたと言われている。この間士族は屋敷でおとなしくいていなければならない。

 

 グラナダでは、市民がジプシーになり、紀州田辺では町民が武士になる、

昔は一年に一度くらいは息抜きとして、普段なれない階層の人になってふるまい、

楽しんだのであろう。ベネチアの仮面祭も共通点を持っているように思う。

  以上 2011年1月

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