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トビの急降下

 私の育った南紀地方では鳶(トビ)のことを「トンビ」と呼んでいる。

幼少の頃、家に面した道はまだ舗装されていなく、母は毎日

朝早く竹箒で掃き、水を打っていた。当時としては広い道で緑も多く

朝夕高校に通う学生が通るくらいでほとんど人が通らない。海岸が近く、

浜辺の松も見え、緑も多い。夜静かになるとザーザーと波の音が聞こえ

てくるし、早朝は波止場を出入りする漁船のエンジン音がポンポンと響

いてくる。「トンビ」もよく上空を舞っている。

 交通の便が非常に悪く、和歌山市までは鉄道が通じているものの

蒸気機関車で3時間ほど要していた、道路は未舗装のひどいがた道で

物資の自動車輸送は絶望的であった。平地が少なく米は豊富では

なかったが、野菜・果物それに特に魚は豊富で、陸の孤島的ではあるが

比較的自給自足のできた地域であっただろう。そのような訳で、鰹が

豊魚の時は、輸送手段がなく、町の加工業も満杯になるので、漁師の

奥様方が余った分をリヤカーに載せ、安い値段で町中に売りにくる。

母は大量に買い込み鰹節を作っていた。茹でて天日に干す時に、地上

では蝿がたかるので、平たいザルに並べ長い竹竿に吊るし高く空中に

あげる。その時にトビに取られないように網をかけのがいつものやり方

であった。

 上空のトビのこのような行動については、寺田寅彦博士の随筆によく知られ

た記述があり、物理学者らしい見解を述べておられる。

「高度を150メートル、眼球の焦点距離を5ミリメートルと仮定して、15

センチメートルのネズミの像は5ミクロン、これをネズミと判定するには

少なくとも 0.5ミクロンの分解能を必要とする、これは黄色光の波長と

同じで、網膜の分解能の如何にかかわらず不可能。視覚では無理ということに

なると臭覚である。トビが舞っているような時は強い上昇気流が発生している、

ネズミから発生している臭気はビーム状となり、気流に乗って上昇する。

これを検出するのであろう」と。

確かに、魚やネズミの死骸、竹竿で干した鰹節のような静止物については、

上空からは、視覚によるのではなく臭覚によ検出をしているのであろう。


 私は5歳くらいであったろうか、ある日、兄が鼠をしっぽでぶらさげて、

上空に舞っているトビをみながら、母に「トンビにやるのだ」と言って、

裏戸から道に出て中ほどに放り投げた。上空のトビがたちまちダイビングを初め、

降りてきてあっというまにさらって行った。上空では小さく見えているが、

翼を広げ、目の前に降りてくると、非常に大きく、幼少の私には何だか空

におおいかぶさり、一瞬暗くなったような恐怖感があった。

母と兄は大変興奮していたことがわずかな記憶に残っている。

成人してからも、あの時は驚いたと話題になったことがしばしばあった。

(トビはタカの仲間で、羽を広げると150センチメートルくらいのもある)


 このようなことを思い浮かべ、臭覚の他にもし視覚も関係していたら

どうなのであろうかと考えてみた。

上昇気流の速度については、秒速20メートルはめったにないほどの猛烈に

激しい値だそうで、ハンググライダーなど巻き込まれると、非常に危険で

コントロール不能になり、数1000メートルまで吹き上げられ、冷えと呼吸困

難で死亡事故につながることがあると聞いている。

トビが舞っている強い上昇気流は高々秒速2〜3メートルくらいと考えている。

仮に毎秒3メートル、トビの高度を150メートルとすると、兄が鼠を投げてから

臭気が発生したと考えると、発生からトビに届くまでは50秒かかることになる。

兄がネズミを投げてからトビが何秒後に反応したか判れば、上昇気流による

臭気を感じとった様子がよく解明できるのであるが、母や兄に尋ねても「すぐに

降りてきた」という答えしか返ってこない、もしそうなら臭覚のほか視覚も関与している

可能性もあるだろう。放り投げたときの軌跡「動き」これは自然界では小動物が動いた

とき、特にすばやく走ったときの動き、これを視覚で感知している可能性がある。

例えばトビは長い時間の残像能力を持っており、仮に人の10倍の1秒を有していると

仮定すれば、小動物が1秒に1メートル走ったとすれば、1メートルの物体として

目にのこる勘定になる。

寺田先生の、高度150メートル、トビの眼球の焦点距離を5ミリの仮定をいただき、

兄が50センチの高さから投げ、最高度1.5メートルに達し、4メートル先に落下したと

仮定すれば、ネズミは空中に1.0秒留まることになり、ほぼ残像の範囲内である

から、4メートルの動きは、眼球内に133ミクロンの像として感じている、

分解能については、ネズミと判定する必要がなく、動きだけであれば視覚で十分判定

が可能であろうと考えている。おそらく残像の範囲内で眼球を動体に追従させている

のであろう。この場合は、ネズミが約1秒間に4メートル走った勘定になるが、少し

速すぎるだろう、例え1メートルとしても網膜には33ミクロンと映り、動きの判定には

十分可能であると思う。因みに人の目の分解能は、眼球の焦点距離を20ミリメートル

として、視力検査表のパターンから算出すると、視力1.0で網膜上で6ミクロンは可能

と推察される。トビの目の視細胞の密度は人の7〜8倍と言われている、したがって

分解能も人の7〜8倍あり、こういうことであれば、残像時間も1秒の必要もなく、

視覚による判定は十分可能であると考えている。

 トビとタカやワシ(小型の方をタカ、大型の方をワシと呼ぶようである)は同じ類であり

違いは餌にあり、トビは主に死んで動かないもの、タカは生きている動物の狩りを

してと言われているが、生きている動物を狩ることも報告されている、

ネズミやヘビを急降下して捕らえるのを目撃した人も多くいる。そのほか

親鳥のすきを見て鶴の雛を狙って急降下してきたとか、池で泳いでいる鯉を

上空から水中にダイビングしてさらっていったとか。

全く「生き物」の能力は人の理解を超えたはかりしれないものを持っている


追伸 2011年1月25日

 2011年1月25日 朝日新聞朝刊に高桑五十鈴さん(愛知県=全日写真連盟)という方が

驚くべき写真「上空から水面に降下するトビがアユをつかむ瞬間」を公開された。

許されるものなら、このぺージでもコピーを載せさせていただきたく思っている。

 

余談

 「トビにあぶらげさらわれる」という言葉のとうり、トビは雑食で、浜辺で弁当を

開いているとさらわれることも多いそうである。

「トビがタカを生む」という言葉は、先述のトビは屍骸を食べ、タカは狩をするに因んで

タカの方を上位と位置付けたことに由来しているのであろう。大体古今東西問わず

屍骸を食べる動物は評判が悪い、例えば「ハゲタカ」、「ハイエナ」がその典型であろう。


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