スリランカ紀行 

 

 長らく内戦が続き、やっと2009年5月に集結した、5年前のことである。

まだ北部は危険地帯とされており、旅行者が訪問しない地域もある。

政治が安定するにしたがって、飛躍的に発展している。 

最近テレビでも放映され、人気急上昇中の国で。航空便の発着回数もどんどん増えている 毎年高い成長が続き、国民所得も上がっている。大変な親日国でもある。

地政的にインド大陸を狙った産業地の重要拠点として、世界的に投資が加速しており、日本も頑張っている。しかし最近は中国からの投資が圧倒しているようである。 

 

  第二次世界大戦が終わり、サンフランシスコ講和会議の時、他国は報復として、日本に多額の賠償金を求め、かつ領土をソ連。中国・英国・米国の四つに分け統治をする議案まで出ていた。

その時スリランカ(当時はセイロン)代表として出席していたジャジャワルダナ蔵相(後の大統領)が、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、憎悪を捨てることによって止む」

という仏陀の言葉を引用して、スリランカ国は対日賠償請求を放棄すると演説を行った。

この演説は多くの出席者に感動を与え、万雷の拍手を持って終わったそうである。これをきっかけに流れが変わり、現在我々が知る講和条約の内容になったと伝えられている。 

被告として出席していた時の日本国吉田首相は、この恩を末代まで忘れてはならないと謝意を表したそうで、大恩のある国でもある。 

 私は、寒いのが苦手で、2月の一番寒い時期に南の国に旅をしたくなる。よく出かけている。今年はタイの奥地に行って、少数民族に会いたいと思っていたが、デモ騒ぎが続いており、航空機に乗れない事態になれば大変なので、スリランカにした。ワイフは海外旅行はもう十分といって一緒に来ない、最近はほとんど単騎で出かけている

 

  インドに強い影響をうけているだろうと考えていたが、そうではなく、インドと東南アジアをミックスしたような国であった。ただ顔つきはインド系である。

仏教徒が70.2%、次にヒンドゥ教12.6%ということである。仏教寺院が多く因んだ行事がよく見られる。むしろインドシナ半島に近い文化だと思った。 

 国土は北海道より少し狭い程度、人口2000万程度、緑の平野も多く、主食の米は三期作ができる。灌漑網が完備されれば、農業も飛躍的に発展するだろう。

 野生の象が湖の浅瀬を群れをなして走っていた、1メートル以上のとかげがしげみの中や道端で出会うことができた。自然豊かな常夏の国でもある。

 

 国民は非常に勤勉で、手先も器用、日本的製造システム・経営システム・サービスシステムを抵抗なく取り入れている。製造業も急激に発展している。 

日本からのODAについても大変な好意を頂いている。これは、進出した先人達の努力のお蔭である。

 

 群馬の自宅付近に大手系列の百貨店がある、最近ここで、スリランカ製陶器の特設展示即売会が催された。招待状が来たのでワイフが行って2セット購入してきた、それがデザインもよく品質が高いので、スリランカこんな良いものが出来るのか感心した、むしろ不思議に思った。 旅行中の食事のとき、ほとんどがデザインの良い、品質の高い陶器であった。日本の「ノリタケ」風であった。 

事実日本の「ノリタケ」が現地でいい土を発見したこと、勤勉でまじめな国民であっとことで早くから現地に工場を立て事業を創めた、いまでは多くの雇用を創出し,ベテラン陶工・絵付け師等が多く育っている。独立した人達も多くいる、ノリタケはむしろ独立した人たちを支援したそうで、陶器は一大産業として実を結びつつある。現地の人達は「ノリタケ」に感謝し、ノリタケのブランド力は益々高くなり、「ノリタケ」で働いている人達は大きな誇りをもっている。と現地の人の話しである。現状はまだ「ノリタケ」を超えてはいないと思うが、そのうち現地に伝わる伝統的なデザイン等を取り入れ、新しいコンセプトを確立して、スリランカブランドを世界に広めて頂きたく思っている。

  

 近隣の韓国や中国は反日の国や国民が多いと思えることが多いが、最近インド大陸、東南アジアの国々を旅行して、多くの親日の人々と出会うことができた。これらの国や人々を大切に思い、失礼のないように旅行者としてもお互いの信頼関係を一人一人単位でも築いてゆかなければと思っている。 

野生の象の群れに出会ったたえず移動するのでいつも見られるわけではなくラッキーだったと聞かされた

ホテルのフロントからコテージ風の部屋に行く途中、大きな野生の蜥蜴、1.5メートルほどあった、に出会い大変驚いた

寺院の参道の隅でも見られた

ごく普通に見られるそうである。
家族で寺院に参拝している。このような光景は日常的である、
信心深い仏教徒の国である。

寺院の参道でお参りする仏教徒の集団に出会った。学校や地域でもこのような形でお参りするそうで、先頭は3人の僧侶、次に子供達その次にお母さんやお父さん達で数百メートルの長い行列となっている

有名なシギリアレディーと呼ばれる壁画

日本の高松塚古墳とは100年ほど古いと考えられるが日本のば緻密で線が生かされ抽象化されている、

シギリアのは非常におおらかで写実的である。
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ホテルで結婚式が見られた

全員民族衣装で身を包んでいる

中央の黄色いドレスの方が新婦、座っている方が新郎

美女美男の国だそうだ

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