カジュラホ寺院群のセックス彫刻

 仏教については、学校で教わったり、生活にも溶け込んでいるので少しは解っている。
キリスト教についても、歴史の授業で習らったり、教会が身近にあり訳が解らぬことはない。
イスラム教についても、同様であり、若干の知識はある。

世界的に信者の多い宗教は、キリスト イスラム ヒンヅー教 仏教 の順であると思うが、ヒンズー教は私にとって全く解っていない宗教である。

キリスト、イスラム、仏教は、唯一人の教祖によって生まれ説かれた宗教であるし、主神は
はっきりしているし、きちっとした教典も存在している。キリストとイスラムは唯一絶対神である。仏教も如来であろう、如来の下に菩薩や様々な仏が従っている形である。

 しかしヒンズー教は、教祖がいない、誰によって説かれたかと言えば、民衆によって信仰されていた色々な形を総合したような形となっており、従ってきちっとした教典もなく、主神も存在しなく同じようなレベルの神々が登場する多神教である。
古い言い伝えの神話が教典のように読まれているが、この中から好みの神を選び主神(複数の場合が多い)として信仰の対象としているようで、従ってお祀りする神様も多様で、基本的には「ビシュヌ」「ブラフマー」「シヴァ」の3神である。これらの3神は一体という考えもある。「ビシュヌ」が人気があったり「プラフマー」「シバ」が人気があったり、地域、時代、宗派もあるのであろう、家庭あるいは寺院によってまちまちのようである。

世界遺産のカジョラホ寺院群を見学した。壁一面のセックス彫刻や豊満な女性裸像は圧巻であった。ビンズー教のお坊さんに案内していただいたが、大変に詳しく、実におおらかにユーモアたっぷりに説明をしていただいた、無心のセックスは神への奉仕であり、神のお傍に近づけるという教えがあり、大いに楽しみながら神にお仕えし、お傍に近づこうという。そして子孫を多く残し、家と国家を繁栄さそう。旨の説明を受けた。それにしても、オープンでアッケラカンといった感じである。

これらセックス彫刻にはある種の形式があり、塔の一番上は神様ご夫妻、次は王様と身分の順に位置が低くなり、下の方は庶民となる。セックス中の男女の両側にそれぞれの指南役が張り付いており、この場面でこうしなさい、ああしなさいと指示を与えている、このように、4人が基本であるが、両側から覗いている人がいて5〜6人で構成されることも多い。

ただ、下部の壁には、動物相手などの彫刻も現れ、説明者のヒンズーのお坊さんからは、
おもしろおかしく説明をしていただいたが、訳が解らなくなる。なんでもあり、ややこしく考えるな、大いに楽しもう、ということなのであろうか。しかし当時は実際の生活上でこのような彫刻のとおりの状態であったのかは疑問である。人は、神でさえこのような欲望にあふれている
それは当然であり、決して教えにそむくものではない、子孫を残し、家を繁栄させ、それが国家の繁栄に繋がる大切な行為である。といった反面の教えなのであろうか。

ある時代・ある地域のヒンズー教やジャイナ教の一派とはいえ、このような教えのもと、多くの立派な寺院が建てられたことについては驚く他はない。ほとんどは、このようなことを忌み嫌うイスラム教徒によって破壊され、現存はわずかである。カジョラホ寺院群として世界遺産に登録されている。
 
我々仏教から考えると、同じバラモンから派生したとは言え、考え方の次元が異なっている。
インドの懐の広さ・考えや表現の多様性には脱帽である。

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セックス中の男女に、それぞれに男女の指南役がついている。
この場面で、こうしなさいああしなさいと指示を出す。
この4人構成が基本形式のようだ。それを堂々と覗き見
している人がいる。

外壁を覆いつくしている彫刻、寺院内部も埋めつくされている

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インドの宗教につてまとめてみた

インドの宗教の原点はバラモン教である。アーリア人がインド大陸に侵入したときにもたらされた。

バラモン教が人心を離れていった頃、延長線上にヒンズー教が生まれ、仏教も大体同じ頃BC400前後に釈迦によってバラモン教の派生としてインドで生まれた。仏教は多くの信者を持った時代もあったが、蒙古の血を引くトルコ系イスラムのムガール帝国が隆盛を極め、このとき厳しい弾圧を受け、壊滅状態となった。現在仏教徒は極めて少ない。しかし最近増えているという話も聞く。

このムガール帝国も、最終的には18世紀に侵入してきたイギリス勢力により、19世紀に滅ぼされた。インド全土はイギリスの植民地となった。第二次世界戦争でイギリスが弱体化し、インドは独立した。続いてイスラム勢力はパキスタンとして独立し現在のバングラディッシュとなった、国教をイスラムと定め、主都はイスラマバードと名付けた。

ムガール帝国最盛期イスラム建築の傑作。 この時期に仏教は壊滅した

現在のインドは、ヒイズー教徒が8割を超えており、ヒンズー教の国である。

キリスト教は、植民地時代からの導入となるが、信者は少ない。イスラム教は、ムガール帝国の成立によりもたらされたが、これらはインドの宗教史から考えるとごく最近の時代のものと言えるし、バラモン教の影響が及んでいないのは、このように最近にもたらされたイスラム教とキリスト教と言えるであろう。

日本国の仏教もバラモンの影響を強く受けている。

大体、日本の仏像で、手が沢山、多面な顔、第3の目、光背に炎、憤怒の表情、剣や金剛杵のような武器、を持っているのは、あるいは革製の鎧を纏っているのは、バラモンの神である。日本仏教ではこれらの仏は「天」とか「王」とか「神」を冠した仏像となっている場合が多い。
例えば、梵天は天地創造の神「ブラフマー」、十二神将は梵語そのものの呼び名を持ったそれぞれ12の時の守護神。四天王は東西南北の守護神。明王の「明」は梵語で知恵や知識を意味し、弘法大師のもたらした密教では、明王は重要な地位を占める、特に不動明王は、主仏の大日如来の化身として関連付けられた位の高い重要な仏となっている、不動明王は煩悩を断ち切る知恵を持ち、仏の道からはずれた人をも救う、悪を焼き尽くす炎を光背に憤怒の形相の仏となっている。 

 おもしろいことに、降三世明王は、シヴァ神とその妃のそれぞれを両足で踏みつけている。教典によれば、大日如来の命を受け(大日如来の化身とも言われている)、仏の教えに最後まで従わなかったヒンズー教の、シヴァとその妃を屈服させた。おそらく当時の宗教争いで仏教が優位に立ったのであろう。

しかしこれは、その後勢力を盛り返したヒイズー教側からすれば、シヴァが大日如来を踏みつけていても不思議ではなかろう。